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第11話 実在する神

Author: 青砥尭杜
last update Last Updated: 2025-02-02 23:00:55

「ひとまず、ここから先のことはマジェスタ殿にお任せしたほうがいいだろうな」

 ケンゾーが自らの孫であるカイトと妻であり女王のセルリアンとの謁見を締め括るように言うと、マジェスタは「かしこまりました」と応じて深々と頭を下げた。

 マジェスタとともに謁見の間を出たカイトは、枢密院の議長としての執務室ではなくマジェスタが王宮内に私用で持つことを許されている書室に案内された。

 書室は二十畳ほどの広さで、書室の名が示すとおりに壁一面の本棚には書物がぎっしりと収まっていた。

 部屋の中央に置かれた大きな地球儀のようなものの前で立ち止まったマジェスタは、

「閣下は聡明にして沈着であられます。早速ですがこの世界と、この国について説明などさせていただきたく存じます」

 と趣旨を提示することから会話を切り出した。

「はい。お願いします」

 カイトが素直にうなずくと、マジェスタは穏やかな微笑を浮かべた。

「閣下はダイキ卿のご子息。ダイキ卿にこの世界のことを説明したのも私めにございますれば、この世界と閣下がおいでだった世界の相違も把握しております。どうかご安心くださいますよう」

「はい……あの、一点だけよろしいですか?」

「なんでございましょう?」

「俺に対して、そこまであらたまった話し方をする必要はないんですが……」

 遠慮がちに言うカイトを見たマジェスタは、目を丸くして驚きの表情を見せたかと思うと声を上げずに小さく笑った。

「これは、失礼を。ダイキ卿も会話の始まりに同様のことを仰っておられたと、思い出したのです」

 マジェスタが笑いを漏らした理由にダイキの名を挙げるのを聞いたカイトは、

(父さんの異世界ファンタジーもこんな感じで始まったのかな……)

 と思い出と呼べる記憶のない父親への想いを短く巡らせた。

「……そうですか、父も」

「ダイキ卿も聡明であられましたが、打ち解けた会話を好まれる方でした。酒を好むダイキ卿に誘われ、夜更けまで酒席で語らうこともありました……分かりました。少し話し方を崩しましょう」

 マジェスタの口調から、カイトは父親が好人物だった印象を受け取って安心した。

「はい。お願いします」

「では閣下。このテルス儀をご覧ください。この星、テルスには四つの大陸がございます。アフラシア、ゴンドワナ、アウストラリス、アンタークティカ。そして、我々のいるミズガルズ王国は……
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     聖暦一八八九年十月一日。 カイトが正式に魔道士として叙任するための「宣誓の儀式」が執り行われるレザレクション大聖堂の周囲には、晴天に恵まれたこともあり朝早くから多くの人々が詰めかけていた。 続々ときらびやかに装飾された二頭立ての四輪馬車が、レザレクション大聖堂の正面に広がる大きな広場の奥に位置する車寄せへと乗り入れた。 ミズガルズ王国の筆頭魔道士団であるトワゾンドール魔道士団に属する魔道士たちが、豪奢な馬車から降り立つ度に群衆から歓声が上がった。「レビン卿とステラ卿のお二人だ!」「いやあ、拝見する度に美しさが増しておられるねえ……」 レビンとステラが馬車から降りると、男性たちの視線は瑞々しい魅力を放つ二人の女性魔道士へと吸い寄せられた。 百七十二センチと女性としては長身であるレビンの、意志の強さを表わすように輝く黒い瞳が群衆に向けられると男たちがざわめき立った。 濡れ羽色のストレートで長い髪が、すらりと伸びた手足を包む純白の軍服と相まって端整な美しさを放つレビンの姿は、十八歳にして魔道士の威厳すら併せ持っていた。 レビンの横に立つステラも百六十五センチと女性としては高めの身長で、亜麻色の髪をショートボブにしている。 理知的な印象を与える銀縁の眼鏡の奥の瞳は琥珀色で、落ち着いた微笑を浮かべてみせる二十歳だった。 軍服を着ていても男たちの目を引く大きく張り出した胸のふくらみと見事なヒップラインが、肉感的な魅力でもって男を魅了していることもステラは自覚していた。 レビンとステラは余裕の笑みを浮かべながら、群衆の歓声に応じて軽く挙げた手を振りながら大聖堂へと入っていった。「あっ! アルテッツァ卿とセリカ卿のお出ましよ!」「ああ、もう……なんて見目麗しいの……」 アルテッツァとセリカが馬車から降りると、打って変わって女性たちの注目が眉目秀麗を絵に描いたような二人の男性魔道士に集まった。 艶めく金髪に翠玉の如き碧眼、鼻梁がすらっと通った欠点の見当たらない美丈夫である二十四歳のアルテッツァと、光沢を含んだ微かに淡い金髪に力強い眼光を放つ碧眼を有する二十二歳のセリカが並んで歩く姿は、女性たちの熱い視線を強く惹き付けた。 百八十七センチのアルテッツァと百九十センチのセリカが身に纏うと、トワゾンドール魔道士団の威光を示す純白の軍服は秋の澄んだ空気の

  • 異世界は親子の顔をしていない   第26話 愛国心

     ケンゾーが治癒魔法による治療の拠点としている王宮内の病院に、カイトが通うようになってから一週間が経過した九月二十四日の昼過ぎ。 工事現場での事故によって重傷を負った患者の治療を、カイトが一人で滞りなく済ませる姿を見届けたケンゾーは、ふうと一息つく様子を見せるカイトに声をかけた。「少し、休憩しようか」 ケンゾーとカイトは連れ立ってケンゾーの書斎に入った。 カイトが王宮病院に訪れた際にはくっついて回るマヤの姿もあった。 治癒魔法の習得に励み、次々と患者を治療するカイトにマヤはすっかり懐いていた。 カイトが治療している間は邪魔にならないよう距離を置いて見ているマヤは、治療に区切りを付けてカイトが休憩する素振りを見せると駆け寄って、ぴったりとそばを離れようとはしなかった。「ダイキも早かったけど、カイトはそれ以上に慣れるのが早いね」「ありがとうございます。でも、おじいさんの教え方が分かりやすいおかげだと思います。体系がシンプルに立っていて理解しやすいですから」「まあ、他の属性とは違って治癒魔法は用途がそもそもシンプルだからね。俺はナーガから下賜されたものをなぞっているだけと言ったほうが近いよ」「下賜ってことは直接、治癒魔法の内容をドラゴンから聞いたってことですか?」「うーん、直接的、とでも言おうか……夢を介していたからね」「夢、ですか?」 カイトがオウム返しに「夢」を強調して訊くと、ケンゾーはゆったりとうなずいてみせた。「そうなんだ。俺がテルスに来てすぐ、三日が過ぎた夜の夢にナーガが現れた。白昼夢に似たその夢の中で、俺はナーガから治癒魔法についての一通りを教えられたんだ」「直に、現実で会ったことは無いんですか?」「ないよ。他の大陸にいるドラゴンに関しては定かじゃないけど、ミズガルズ王国でナーガに直接会ってるのはセルリアンだけだね。カイトは会ってみたいのかい? ナーガに直接」 ケンゾーの問い掛けに対して、思案する表情を浮かべたカイトは一呼吸置いてから答えた。「会って聞いてみたいことはあります。でも、今はまず目の前のこと、治癒魔法と無属性魔法の習得を優先します」「賢明な判断だな。本当に俺の孫としては出来過ぎだ」 ケンゾーが満足そうに微笑むと、静かに二人の会話に入るタイミングを探っていたマヤが、白い陶器のコップに注いだ水をカイトに差し出し

  • 異世界は親子の顔をしていない   第25話 畏敬と畏怖

     カイトは軍服が届いた翌日の火曜日、九月十七日から魔法や魔道士としての基本的な作法などをエルヴァから教わることに並行して、王宮病院で実際に治癒魔法を行使して患者の治療にあたっているケンゾーとともに、実際に治癒魔法による治療を経験しながら治癒魔法を習得することにした。 カイトから治癒魔法も早めに習得しておきたいという意向を聞いたエルヴァは「それはいいね」と二つ返事で了承した。 ケンゾーもカイトの申し出を喜んで快諾した。 叙任式典の前であることを考慮して、カイトは軍服ではなくフロックコートを着て王宮病院へ通うことにした。 王宮病院の医師や看護師といった関係者とその患者には、カイトに関する箝口令が敷かれた。 実際に治癒魔法を行使する治療に先立って、ケンゾーは王宮病院内にある書斎でカイトに治癒魔法についての説明を始めた。「治癒魔法は軽傷を治療するクラティオ、重傷を治療するクラティダ、致命傷すら治療できるクラティガの三つに分類してるけど、それは治療に必要となった魔力量の差でしかない。裂傷や骨折といった負傷箇所をトレースして完治するまでのイメージを浮かべ、魔力によって完治のイメージを患部へ伝えるという一連の流れは同じなんだよ」 意外に単純な分類だと感じたカイトは、それを隠さず口にした。「それぞれ別の魔法ってわけじゃないんですね……その魔力ってどれぐらい使うものなんですか?」「四属性魔法や無属性魔法で用いられる魔力の数値化に合わせるなら、一から三の魔力消費で済む時はクラティオ、四から七で済むのがクラティダ、八以上の消費を要する場合をクラティガと呼んでる。それぞれの呼び方を発声する詠唱は、意識を集中するための呼称でしかないんだ。致命傷では使う魔力が十二ぐらいに達する場合もあるね」「使った魔力は他の属性魔法と同じように、自然に回復するんですか?」「うん。仮に魔力を使い切ったとしても、約一日でほぼ戻るよ。魔力が自然回復する早さも魔道士によって差があるけどね」「魔力を回復するアイテムなんかは、この世界にはないんですよね?」 カイトの質問を聞いたケンゾーが驚きを示すように目を丸くしてみせる。「それは面白い発想だね。残念だけど、そんな便利なアイテムがあるって話は聞いたことがない。あれば便利なんだけどなあ……」「そうなると……戦場で治癒魔法を使う場合は、慎重に使

  • 異世界は親子の顔をしていない   第24話 勉強で始まる異世界生活

     テルスと呼称される異世界にカイトが召喚された聖暦一八八九年九月十一日から、ミズガルズ王国の宰相であるセルシオはその対応に追われた。 セルシオは女王の諮問機関である枢密院の議長を務めるマジェスタと連絡を密にしながら、カイトへのサイオン公爵位の叙爵を略式として断行することで異例の早さで済ませた。 マルチタスクで政治的な処理を片付けてしまう豪腕をもって宰相まで上り詰めたセルシオは、カイトの魔道士への叙任及びミズガルズ王国の筆頭魔道士団であるトワゾンドール魔道士団への入団の手続きも自らが主導して断行した。 トワゾンドール魔道士団への入団に際しては、顧問として迎えている太聖エルヴァの意見を尊重し、ダイキの不在により空位となっていた首席魔道士へのカイトの就任を決定した。 カイトの魔道士としての叙任式典を、朔日である十月一日に執り行うことも併せて決定した。 辣腕をふるうセルシオが激務をこなしてみせるのとは対照的にエルヴァの屋敷に滞在するカイトは、日に数時間程度のエルヴァから受けるレクチャー以外の時間は既に一通り読み終えている禁書を読み返すなどして、勉強に専念するという大学生だったカイトには違和感のない形で異世界での生活をスタートさせた。 禁書に記された十五種の天使に関する情報をすっかり頭に叩き込んだカイトは、通常のランク付けとは別枠として扱われるミカエル、ガブリエル、ラファエル、ウリエルの四大セラフと、サタン、バアル・ゼブル、ベリアル、ペイモンの四大ノフェル。そしてランクには属すが上位の存在として扱われるセラフとケルブの次に位置するスローンまでの五種を、九月十五日までに召喚させてみせた。 十五日の昼過ぎに訪れたサイオン領の飛び地でありカイトが召喚された日にも召喚魔法のレクチャーに用いた草地で、カイトがスローンの召喚を成功させるのを目にしたエルヴァは歓声を上げた。「いやいやいや……! 僕の弟子は本当にやってくれるね! ほんの数日でジズやバハムートなんかの四大幻獣に匹敵するスローンを召喚しちゃったよ」 カイトの意欲にほだされて普段は必ず休むと決めている日曜日にも関わらず、レクチャーに付き合ったエルヴァは心の底から愉快だと表すように両手を叩き合わせて感嘆した。 優に五メートルを超える体長を誇るスローンの白銀に輝く威容を目の当たりにしたカイトも、自分が異世界で確実

  • 異世界は親子の顔をしていない   第23話 長かった一日

    「はい。わたくしでよろしければ」 夜伽を務める意思を示す小柄なストーリアに上目遣いで見つめられたカイトは、対応を間違えちゃいけない場面だと判断できたことで落ち着きを取り戻した。 間近で見るストーリアのきめの細かい白い肌にうっすらと浮かぶそばかすの愛らしさに気付いたカイトは、男の庇護欲をかき立てるタイプの女性だと思った。 「魅力的な申し出だけど、今は必要ないかな」「わたくしでは閣下のお眼鏡にかないませんでしたか……」 ストーリアが目を伏せるのを見て、言葉が足りなかったと思ったカイトはすぐさま補足するように答えた。「いやっ、そういう意味じゃない。きみはとってもかわいいし、本当に魅力的な女性だと思う。ただ、今の俺には夜伽とか考えられないし、受け止める余裕もないってだけなんだ」 カイトの言葉から配慮を感じ取ったストーリアは微笑みを浮かべることで応じた。「お心遣いに感謝いたします」 同い年のストーリアがみせる落ち着いた対応に接して浮かんだ疑問を、カイトは率直に訊いてみようと思った。「あの、一つ訊いてもいいかな?」「はい。なんなりと」 ストーリアがすぐさまコクリとうなずくのを見て、カイトは少し踏み込んだ質問を切り出すことにした。「きみは良家の出身じゃない? 立ち振る舞いがしなやかというか、気品があるというか、短期間の訓練で身に着けたものじゃない感じがするんだけど……」 カイトの質問に対して、ストーリアは一呼吸置いてから答えた。「……わたくしは、御三家と呼ばれミズガルズ王国で最大の勢力を誇るとも云われるファリーナ家の、分家の一つにあたるカストリオタ家の出自でございます」 ストーリアの返答が想定内だったことで、カイトはもう一段踏み込んだ質問を口にした。「有力な貴族に繋がる良家の血筋で、若くて美しいきみがメイドとして俺の担当になってすぐに夜伽を申し出たのは……そういった背後の意向を背負ってるせいってことなのかな」「閣下は聡明であられます……左様です。今のわたくしはファリーナ家の命を受けて、ここにおります」「そうか……分かったよ、答えてくれてありがとう。俺から王配の祖父に相談するなりすれば、その命令を解除できるかもしれないけど……」 カイトが考えを巡らせながら答えると、それまで一貫して落ち着いていたストーリアが微かに慌てた様子をみせた。「閣

  • 異世界は親子の顔をしていない   第22話 仄暗い夜

     エルヴァの屋敷はカイトの想像をはるかに超えて広かった。 カイトにあてがわれた部屋も二十畳ほどの寝室としては広いもので、白を基調とした明るい部屋には先ほど紳士服店で買った部屋着や下着などの荷物がすでに運び込まれていた。 夕食までの自由な時間を得たカイトは、窓際に小振りなティーテーブルを挟むように置かれた椅子に腰掛けると「他にすることもないし」と気楽な動機で禁書を開いた。 カイトにとって禁書に目を通す行為は、召喚魔法の知識を得るためというよりも娯楽小説をめくる感覚に近かった。 窓から射し込む光が柔らかい暖色に変化したことで、日が落ちるんだと気付いたカイトは部屋に備え付けられたランプを灯した。 蛍光灯やLEDといった電気照明以外に触れることがほとんど無かったカイトにとっては、新鮮でありながらも仄暗い夜が始まった。 携帯式のランタンで足下を照らしながらカイトの部屋を訪れたメイドが夕食を報せるまで、カイトは目が慣れてしまえば文字を追うことにストレスのないランプの灯りを頼りに禁書を読み進めた。 メイドの案内に従いカイトが食堂に入ると、十人が席についても余裕がありそうなテーブルの両端には四台の大きな燭台が置かれ、合わせると二十本のろうそくが灯っていた。 随分とムードのある食卓だとカイトは思いながら席に着いた。 カイトに少し遅れて食堂に入ったエルヴァは、目抜き通りでのショッピングを終えて屋敷へ戻った際に出迎えた三人のメイドとは別のメイドを連れていた。 エルヴァは席に着くと、カイトにとっては初対面となるメイドの紹介を始めた。「まずカイト君に紹介しておこう。きみに付いて身の回りの世話を担当するメイドのストーリア。今日からこの屋敷へ入ることになった新人君だ。きみと同い年の二十歳らしいから気兼ねもいらないんじゃないかな」 エルヴァに紹介されたストーリアは、カイトに向かって深々と頭を下げてから自分の名前を口にした。「ストーリア・カストリオタと申します。これより身の回りのことは何なりとお申し付けください」 小柄なストーリアは白い肌を引き立てる赤褐色の髪をショートボブにしていた。 ベルエポックとも呼ばれる華やかな時代背景を反映するように、この異世界に来てからカイトが目にした女性はヘアメイクが際立つ長い髪の女性がほとんどだった。 顎のラインに沿うようなショートボ

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